第7話 複雑な気持ち
理由を明かさない伊月が何を考えているのか分からない。それも桐也は全てを知っている様子で自分だけが蚊帳の外にいるような感覚に陥っている。いくらモヤモヤしていても何も変わらないと分かっているが、2人の様子を見ると切り出す事が出来ない。 車の中は涼しいのにどうしてだか額にじっとりと汗が滲み出る。薫の異変に気づいた伊月は顔を覗き込み、心配そうに見ている。 「大丈夫? 顔色悪いよ?」 「……色々驚いているだけだよ」 「そうだよね、巻き込んじゃってごめん」 申し訳なさそうにしょんぼりとしている伊月はいつも傍にいるいつもの伊月だった。遠くに離れていってしまうような不安を抱いていた薫はホッと息をついた。 「いつもの伊月だ。俺の知ってる伊月だ」 心の声が漏れるとハッと我に返る。伊月の目を見ると柔らかな嬉しそうな瞳で見ていた。この空間に桐也もいるのに、そんなのお構い無しの2人。見つめ合う2人の唇がゆっくり近づいていく。触れるか触れないかの時に、邪魔をするようにゴホンと咳をする。 「俺いるんですけどー」 「「!!」」 甘い空気を簡単に壊した桐也を睨みつけると、伊月はふてくされたように薫から離れていく。逆に恥ずかしくて俯いている薫は、落ち着かない様子でモゴモゴと唇を動かした。 「照れてるのか? 相変わらず可愛すぎだろ」 「へっ!?」 「こんな奴やめて、俺にしとけばいいのに……不安にはさせないのにな」 左に座っている桐也は薫の膝に手を添えながら、ゆっくりと動かしていく。その事にまだ伊月は気づいていない。薫は急な桐也の行動に驚きを隠せず、アイコンタクトで訴えた。ん?と悪魔の微笑みをされると体が硬直してしまった。怖い訳ではない。ただ今ここで声を荒げたら伊月と桐也の間に決定的な亀裂が走る可能性がある。 「大丈夫、これ以上はしないから。でも興奮するだろ?」 「何そこコソコソしてるのかなぁ?」 わざと気づくように伊月に聞こえるようなボリュームで話していたようだった。薫は桐也の手を凝視していると、やっと気づいた伊月が怒りを抑えながら、桐也の手を剥がした。 「油断も隙もないね。僕の薫に触るなんていい度胸してるよ。薫も薫でしょ、嫌ならちゃんと言わなきゃ」 「これ以上大事にしたら、2人がまた喧嘩するだろ。それが嫌で……」 言い訳に聞こえるかもしれないが、車の中で暴れられても余計窮屈になるだけだ。それを考えると誰かが大人になった方が1番だと思っていた。 そこが桐也からしたら、付け込む隙になる。長い関係性の2人を見ていると、どうしても納得出来ずにいる伊月がいる。 「何も言わずに行方くらますお前が悪いだろ」 今更になって桐也に言われた言葉が胸を刺す。伊月は自分がしてしまった事に対して歯がゆい気持ちが湧き上がっていく。自分には桐也の行動を止める資格があるのかと、考え込む伊月の手に手を合わす薫。トクントクンと2人の鼓動が合わさり、目をゆっくりと閉じて行った。 「ありゃりゃ」 寄り添うように自分の弱さを補うように支え眠りについた2人を寂しそうな瞳で見ている。桐也はそんな2人を羨ましくも思い、1人静かに、外を見つめている。 「俺じゃダメなんだな……」 こんな安らかに眠っている薫を見るのは初めてだった。小さい頃から懐いてくれていたけど、ここまで幸せそうな顔をしている薫を見た事はなかった。いつも泣いてばかりで放っておけない弟のような存在だった。それがいつしか愛しいに代わり大好きな人になった。最初幼なじみが急にいなくなったと泣きじゃくっていた薫を自分が支えようと今まで見守ってきたが、自分では役不足に感じていた。 「俺じゃダメかな」 呟きは誰の耳にも届かない。切なさに耐えながら泣いてしまいそうな桐也がいる。そんな彼を癒そうと小粒の雨が窓を濡らした。第9話 ヒートアップ 各々が座りたい場所に座って出されたお茶を飲んでいた。少し落ち着いた所で話を切り出そうとする薫は、とりあえず桐也から話を聞く事にした。伊月と夏樹はまだいがみ合っていて話を聞ける状態ではなかったからだった。「どうして伊月の弟が桐也くんの所にいるのか話してくれないかな?」「ああ……」 どこからどこまで話したらいいのか模索していると、夏樹が桐也を守るように切り出した。「桐ちゃんは行き倒れになってた所を助けてくれたんだ」「バイト終わりに雨に打たれていてね。可哀想だったから、つい拾っちゃって。そしたら住み着いた」 行き倒れになっていたと聞いて伊月を見た。探していたみたいだがどうして警察に言わなかったのかとクビを傾げた。桐也もそうだ。親御さんに伝える選択肢もあったはずなのに、その考えは浮かばなかったのだろうか。 薫1人で考えている。他の3人は流れに身を任しているような感じだった。「本当は警察に引き渡そうとしたんだけど、夏樹が嫌がってね。帰るのも嫌、家事をするから置いてくれと言われたんだよ。そしたら2人の親父さんから連絡があって、ここに来たって事」「そうか、僕は何も知らなかった。ただ親父の関係者として天田を紹介されたけど、全ては夏樹が原因だったんだな……」 裏と表が繋がっていく。今まで不透明に思えていた事が少しずつ形を整えられていく。まだ完璧ではないし、全てが分かった訳じゃないけど、別に2人が想いあっている事は無さそうだと安心した。 疑っていた訳ではないけど2人が見えない所で秘密を共有していたから、見えない絆があるんじゃないかと深堀していた自分が、どこまでも幼稚で嫉妬深いと初めて知った。伊月が現れてから、自分がどんどん変わっていっている実感を抱きつつ、話を聞いていた。「悪いかよ、伊月がいるとこで住むとか有り得ないんだよ」「なんだと?」 兄弟喧嘩の始まりのゴングが鳴る。2人は今まで我慢していた事を吐き出して相手に叩きつけていく。思う存分言いたい事を言えば、スッキリもするし、擦り合わす事も出来ると信じて決めつけていた。 そんな2人の頭を小突くと桐也は呆れたような顔で言った。「ヒートアップしてんじゃねぇか」 指摘されて初めてその事に気づいた薫達は苦笑いをしながら桐也の言葉に冷静さを取り戻した。よく空気が読めないと言
第8話 偶然と必然 何時間寝ていたのだろうか。目が覚めると車は停止していた。色々ありすぎて疲れがどっと出ていたようだった。薫は目を擦ると状況を把握しようとする。ふとモゾモゾと動く伊月が肩に寄りかかって寝ている。「起きたみたいだな。着いたようだ」「どこに」「俺の家だよ。どっちにしろ伊月はここに来る予定だったから」 それを聞いて驚いた。最初から桐也の家に行くのなら伊月の家に行かず待っていた方がよかったのではと思っていると、全て見透かしている桐也は全てを知ってもらいたかったとアイコンタクトで伝えてきた。躊躇いながらも頷くと伊月に指を指す。「起こしてやれ」 小声でそう言うと桐也の言う通りに軽く揺さぶる。なかなか起きない、一度眠りについたらなかなか起きないタイプだろう。無防備になっている伊月を見ていると、可愛すぎて反応しそうになる。ここでは理性を保たないと、と深呼吸をしてみる。「ん……っ、かお……るぅ」 どんな夢を見ているのかと顔を覗き込んだ。まるで天使のようにフィルターがかかっている。いつもより輝いて見える伊月に意地悪をしたくなってきた。「伊月、もう朝だよ」 耳元で囁くとピクリと反応した。眉を顰め、少し呼吸が荒くなっていく。その姿を見るとゾクゾクしてしまった薫は、耳に舌を這わせ丹念に舐めていく。ピチャピチと音を立てると、耳が弱いのか反応が加速していく。「はぁ……可愛い」 本音が漏れていく。周りなんて関係なかった。ただこの可愛い天使の甘い香りと味をもっと楽しみたい衝動が膨らんでいく。そんな事を考えると、んっと瞼が動いた。「かお……る?」「やっと起きた?」 薫は優しく微笑むと耳から唇へとなぞっていく。指が触れるたびに真っ赤になっていく伊月を見るのは新鮮で楽しくて、愛しい。「目的地に着いたみたいだよ。そろそろ起きよう、皆待ってる」「うん」 今まで主導権を握っていた伊月から奪うと、自分のペースで進めていく。まだ寝ぼけ眼な伊月を抱き上げると、がっちりと離すことはなかった。 □■□■□■□■ ドアを開ける前に桐也は深呼吸をした。気持ちを整えたいと言われてドアの前に5分程突っ立っている。伊月も完全に目が覚めたようで、抱き抱えられている事に照れながら、もがいている。「早く入ろうよ、自分の家なんだろ?」「そうだが……居候がいる
第7話 複雑な気持ち 理由を明かさない伊月が何を考えているのか分からない。それも桐也は全てを知っている様子で自分だけが蚊帳の外にいるような感覚に陥っている。いくらモヤモヤしていても何も変わらないと分かっているが、2人の様子を見ると切り出す事が出来ない。 車の中は涼しいのにどうしてだか額にじっとりと汗が滲み出る。薫の異変に気づいた伊月は顔を覗き込み、心配そうに見ている。「大丈夫? 顔色悪いよ?」「……色々驚いているだけだよ」「そうだよね、巻き込んじゃってごめん」 申し訳なさそうにしょんぼりとしている伊月はいつも傍にいるいつもの伊月だった。遠くに離れていってしまうような不安を抱いていた薫はホッと息をついた。「いつもの伊月だ。俺の知ってる伊月だ」 心の声が漏れるとハッと我に返る。伊月の目を見ると柔らかな嬉しそうな瞳で見ていた。この空間に桐也もいるのに、そんなのお構い無しの2人。見つめ合う2人の唇がゆっくり近づいていく。触れるか触れないかの時に、邪魔をするようにゴホンと咳をする。「俺いるんですけどー」「「!!」」 甘い空気を簡単に壊した桐也を睨みつけると、伊月はふてくされたように薫から離れていく。逆に恥ずかしくて俯いている薫は、落ち着かない様子でモゴモゴと唇を動かした。「照れてるのか? 相変わらず可愛すぎだろ」「へっ!?」「こんな奴やめて、俺にしとけばいいのに……不安にはさせないのにな」 左に座っている桐也は薫の膝に手を添えながら、ゆっくりと動かしていく。その事にまだ伊月は気づいていない。薫は急な桐也の行動に驚きを隠せず、アイコンタクトで訴えた。ん?と悪魔の微笑みをされると体が硬直してしまった。怖い訳ではない。ただ今ここで声を荒げたら伊月と桐也の間に決定的な亀裂が走る可能性がある。「大丈夫、これ以上はしないから。でも興奮するだろ?」「何そこコソコソしてるのかなぁ?」 わざと気づくように伊月に聞こえるようなボリュームで話していたようだった。薫は桐也の手を凝視していると、やっと気づいた伊月が怒りを抑えながら、桐也の手を剥がした。「油断も隙もないね。僕の薫に触るなんていい度胸してるよ。薫も薫でしょ、嫌ならちゃんと言わなきゃ」「これ以上大事にしたら、2人がまた喧嘩するだろ。それが嫌で……」 言い訳に聞こえるかもしれないが、車
第5話 何も知らない彼の背中 あれ以来伊月とは会っていない。伊月に会いに隣の教室に行ったりしたけど、姿が見えなかった。連絡先も交換していない事に、今更気づくとまたいなくなるんじゃないかと不安が押し寄せてくる。 「あれ薫くん、夏樹くんお休みだよ」 そんな薫に近づいてきた女子の集団がそう教えてくれた。理由は詳しくは知らないようだが家庭の事情との事だった。薫は伊月の事を何も知らない、知らなすぎる。自分の元に帰ってきた事が嬉しくて舞い上がっていた自分に対して嫌悪感を抱きながら、自分の教室へと戻った。 「情けねぇ……」 凹んでいる自分を隠す余裕はなかった。今の自分に出来る事なんて何もないんじゃないかと自暴自棄になっている。 「そんなに心配なら、家に行けば?」 「……天田先輩」 美乃里の同級生でもあり、薫の親戚にあたる天田桐也が提案をしてきた。 「なんでここにいるんですか」 「ん〜暇だから観察しにきた」 変わり者呼ばわりされている桐也は自分が浮いている事に気づいていない。滅多に薫の教室に来る事なんてないのに、ベストなタイミングで現れた。 まるで全てを知っているように見透かしてくる桐也から逃れる事は出来ない。何故なら一時の過ちで関係を持ってしまった過去があるからだ。 「可愛い彼氏が出来たって聞いたけど、俺諦めてないからな」 「何言ってるんすか。冗談ばかり」 笑って誤魔化そうとしても通用しない。クラスメイトからしたら笑っている薫を見る事が初めてで、物珍しそうに2人の様子を見ている。 視線が痛い── こんな時、伊月ならどうするかと考えてみるが薫は伊月になり切れない。でもきっと気持ちは同じだと気持ちを奮い立たせた。 ガタンと立ち上がると引き寄せられるように荷物を手に取り、教室を後にした。そんな薫の様子を見て面白くない桐也は不貞腐れた様子で見つめている。 「薫、待て」 「……」 一生懸命に走る薫に声をかけるが届かない。どうして自分がここまでしないといけないのかとため息を吐くと、思いっきり息を吸い込み、腹に力をいれ大声を出した。 「家知ってんのか、お前」 その言葉で我に返った薫は自分が何処に向かって走っているのか不思議に感じた。そしてふらふらと立ち止まると猛スピードで薫に追いついた桐也が頭を小突いた
第3話 俺の幼なじみ 目が覚めると涙の跡が染み付いていた。どんな夢を見ればこうなるのかと考えた薫はたかが夢に振り回されているような気がして、切り離すように制服に着替える。トントンと包丁の音が響きながら味噌汁のいい匂いに釣られ、無意識に席へと着く。 「おはよう薫。ご飯出来てるわよ」 「うん、腹減った」 母がこの時間に家にいる事は凄く珍しい。何かあるのかと様子を伺いながら味噌汁に口を付け、ゆっくりと堪能している。 「薫、お願いがあるの」 「……何?」 母からお願いがあるなんて滅多にない事で、内心緊張しているが、気付かれないように無愛想に聞いている。そんな薫の姿を見てふふと微笑みながらある事を伝えた。 2時間後── 薫の横にはベッタリと腕を絡めながら、上目遣いで質問ばかりしている人物がいる。ワンコくんだ。初対面なのに何故だか振り払えない薫は好き放題させている。 「凄い勇者がきたな」 「ああ……あの狭間相手に。すげぇな」 クラスメイトはああでもない、こうでもないと2人の様子を物珍しそうに見ている。薫は居心地の悪さを感じながらも、何故だか懐かしく感じるワンコくんに違和感を感じている。 ジッと見つめている薫に気づいたワンコくんは恥ずかしがる事なく見つめ返してくる。一瞬全てがスローモーションのように動き出したかと思うと、柔らかいものが唇に落とされた。 「──!!」 離れようと体を捩るが凄い力で抱きしめられて離れられない。2人の方に釘付けになっている周囲の言葉なんて入って来ない。それほど2人の空間、世界になっている。 クチュクチュと歯をかき分け舌先が口内を舐め回す、息が出来ないぐらい濃厚で頭がくらくらしてしまった。 流されそうになる。目の前にいるのは何も知らない奴なのに、何故か伊月と重ねている薫がいる。 「んっ……可愛い」 「なに……して」 挨拶がてら唾を付けたようだった。周りに自分のものだと見せつける事が出来たワンコくんは満足そうに舌なめずりすると、怪しく微笑んだ。 「10年経っても僕らは幼なじみでしょ? 忘れちゃったの?」 「……え」 ワンコくんの言葉に無意識に反応してしまった薫は力が抜けていく。どこか似ているとは感じていたが、まさか成長した伊月だとは思わなかったみたいだった。 「い
第1話 問題児 「おい狭間、ちょい顔貸せ」 「何か用か? 要件があるなら教室で言えよ」 何もしていないのに目をつけられる男、それが狭間薫。笑顔を見せれば元々はっきりした顔立ちでイケメンだ。入学当初は女子のハートをかっさらった彼だが、無愛想な態度と高圧的な口調でヤバい奴認定されている。当の本人はお構い無しだが、2年の姉美乃里からしたら、頭を抱える大問題だった。 殴りはしない、ただよけるだけ。それなのにラッキー体質の薫は彼を追い詰めようとしてくる人物全員に不幸が起こる。それを知っている美乃里からしたら、後で巻き込まれる可能性が高く、薫には平和な学園生活を送ってほしいと願うしかなかった。 「……こんな時に伊月くんがいてくれたらよかったのになぁ」 ガクガク震えながら屋上で現実逃避をする美乃里は薫の幼なじみ柿崎伊月の事を思い出して、不安をかき消そうとする。美乃里の目の前にはガタイのいい柔道部主将の石垣をはじめ薫に恥をかかされた連中でごった返していた。 「お前の弟まだ来ないのか。俺の弟達に喧嘩売った癖に逃げるなんてひ弱だな」 鼻で笑いながら美乃里を見下す石垣に対して一発お見舞いしてやりたい気持ちはあるが、そんな勇気はなかった。足がすぐんで動けない。そんな強いメンタルなど持ち合わせていない。 その時だった。ガチャとドアノブが回るとゆるふわなパーマで可愛らしいくりくりな瞳で無邪気に微笑んでくる男の子がいた。見た感じ高校生に見えないけど、この学園の生徒であるのは一目瞭然。 「失礼しまぁす。神楽先生に言われて問題児を探しにきましたぁ」 今この状況がどんなふうに見えているのか彼には分からない様子。むさ苦しい中で一輪の笑顔がパッと咲き、周りを虜にしようとする。 「なんだ1年。邪魔だ」 「邪魔なのは君でしょ?女の子囲いこんで何してんの?」 美乃里は思った。ある意味勇者が来てくれたと助かる可能性は低いけど、願わずにはいられなかった。 「僕は問題児を探してるだけで、君に興味ないんだよねぇ。そっちが邪魔だよ石頭」 可愛い顔をしているのに、ゆるふわな雰囲気を漂わせているのに口調が悪い。どことなく薫の事が脳裏に過ぎった美乃里は勇気を振り絞り、声をあげた。 「薫に用があるなら、私じゃなくてその子に頼んで。薫の親友なのよ、この子」 わ